1)歯周病や咬合異常のマウスモデルを作成して、口腔疾患が他臓器 (特に心筋と骨格筋) に及ぼす影響について研究しています。                                                                     2)新規サイクリックAMP活性化因子Epac1の骨格筋 (咬筋) や心筋における役割について研究しています。


Kiyomoto K et al. PLoS One 18, e0292624, 2023

 歯周病患者では歯肉組織局所のレニン-アンジオテンシン系が存在すること、ACE阻害薬の投与により歯周組織の炎症や歯槽骨の吸収が抑制されることが報告されています (Santos CF et al. PLoS One 2015)。しかしながら高血圧や心疾患の発症に重要な全身あるいは心筋局所のレニン-アンジオテンシン系の役割について歯周病患者や動物モデルで調べた報告はありません。歯周病菌 (Porphlomonas gingivalis) 由来のリポポリサッカライド(PG-LPS)を慢性少量持続投与して作成した歯周病マウスモデルでは心不全が誘導されることを我々は報告しました (Matsuo I et al. PLoS One 2022)。以上の研究成果を踏まえ、「歯周病に起因する心疾患発症に全身のレニン-アンジオテンシン系が重要な役割をはたしている」という仮説をたて、血中アンジオテンシンII 濃度を測定しました。その結果コントロール群に比較してPG-LPS投与マウスでは、血中アンジオテンシンII濃度が約8.6倍増加していること、ACE阻害薬カプトプリルにより血中アンジオテンシンII濃度の増加は抑制され、心不全も誘導されないことを見出しました。以上の結果は歯周病による心疾患発症に全身のレニン-アンジオテンシン系の活性化亢進が重要や役割をはたしていることを示唆しています。


Ito A et al. Sci Rep 13, 19927, 2023 

 心臓に発現するアデニル酸シクラーゼの主要なサブタイプである5型アデニル酸シクラーゼ (AC5) は腎臓の傍糸球体細胞にも発現が見られ、レニン分泌に重要な役割をはたしていることが報告されています (Ortiz-Capisano MC et al. Hypertension 2007) 。また咬合障害マウスに見られる心機能障害が心臓型ACの抑制作用をもつ抗ヘルペス薬ビダラビンで抑制されることを最近我々は報告しました (Hayakawa Y et al. J Physiol Sci 2022)。以上の研究成果を踏まえ「咬合障害モデルに見られる心機能障害はレニン-アンジオテンシン系が重要な役割をはたしている」という仮説をたて実験を行いました。その結果咬合障害モデルで見られる心機能障害はACE抑制剤であるカプトリルの併用投与を行うと抑制されることが分かりました。以上の実験結果は咬合障害モデルに見られる心機能障害にレニン-アンジオテンシン系が重要な役割をはたしていることを示唆しています。



Tsunoda  M et al. J Physiol Sci 73, 18, 2023

 帯状疱疹の治療薬として長年臨床で用いられヒトへの安全性が確認されているビダラビンには心臓型アデニル酸シクラーゼ  の選択的抑制作用があること、さらに同薬剤はβ遮断薬に見られるような導入初期の心機能抑制や呼吸機能抑制を示すことがなくβ遮断薬と同等の心臓保護効果があり。高齢者にも安全に投与可能な心不全治療薬になる可能性を我々は見出しました(Suita K et al. Pflugers Arch 2018; 国内特許 5489336; 欧州特許 11836112.0; 米国特許 9,096,632)。最近我々は同薬剤が咬合異常モデルの心不全発症に対して保護効果があることを見出しました(Hayakawa et al J Physilogical Sci 2022)。本研究は、ビダラビンが主要な歯周病菌 Porphylomonas gingivalis 由来のリポポリサッカライドを用いた歯周病モデルの心不全発症に対しても保護効果があることを明らかにしました。


Matsuo I et al. PLoS One 17, e0258823, 2022

 歯周病菌 (Porphlomonas gingivalis) 由来のリポポリサッカライド(PG-LPS) の血中濃度が歯周病患者と同等になるように、PG-LPS を慢性少量持続投与する方法 (0.8mg/kg/day for 4 weeks) で歯周病マウスモデルを作成しました。PG-LPS 投与マウスでは心機能低下、心臓線維化、心筋細胞のアポトーシスがみられましたが、PG-LPS と同時に Toll-like receptor4 (TLR4) の阻害剤である TAK-242 を併用投与したマウスではこれらの変化が見られませんでした。興味深いことに PG-LPS を投与したマウスの血中サイトカインレベルはコントロール群と比較して有意差は確認できませんでした。これらのマウスを解析した結果、PG-LPS による心機能障害のメカニズムは TLR4-NADPH oxidase4 (Nox4) シグナルの活性化による心筋細胞への酸化ストレスと心筋細胞内のオートファジーの活性化亢進が主要なメカニズムであり、PG-LPS 投与に伴う単純な炎症性変化ではないことが明らかになりました。


Hayakawa Y et al. J Physiol Sci, 72, 2, 2022 

 心臓に特異的に発現する5型アデニル酸シクラーゼ (AC5) を欠損したマウスは種々のストレスに対して心臓保護効果があることが知られています (Okumura S at al. Circ Res 2003; Okumura S et al. PNAS 2003; Okumura S et al. Circulation 2007)。また抗ヘルペス薬であるビダラビンは心臓型ACの選択的抑制効果があることが知られています (Suita K et al. Pflugers Arch 2018; 国内特許 5489336; 欧州特許 11836112.0; 米国特許 9,096,632)。

 本研究では咬合異常による心疾患発症にAC5が重要な役割を果たしているという仮説をたて、咬合障害マウスで検証を試みました。その結果ビダラビンは咬合異常による心機能障害の予防効果があることが示されました。以上よりAC5は咬合異常による心疾患発症に重要な役割をはたし、ビダラビンは有用な治療薬になることが分かりました。

         2023年 鶴見大学同窓会論文奨励賞受賞論文


Matsuo I et al. J Oral Biosci 63, 394-400, 2021

 歯周病菌 (Porphylomonas gingivalis) 由来のリポポリサッカライド (PG-LPS) を慢性的少量持続投与 (0.8mg/kg/day) した歯周病マウスモデルを作成してPG-LPSが心臓に及ぼす影響について検討しました。その結果PG-LPSを1週間投与した歯周病マウスモデルの心機能はPG-LPS投与マウスでは有意に低下していること、PG-LPS投与マウスの心臓ではコントロール群に比較して心臓リモデリングが進行していること、心筋組織内のPKAやCaMKIIシグナルが活性化していることを明らかにしました。以上の結果はPG-LPSの慢性投与を行ったマウスでは交感神経系が活性化していることを示唆しています。


Shiozawa K et al. J Oral Biosci 62, 357-362, 2020

 食行動に関わる心理学的要因の評価には国際的標準法である Three Factor Eating Questionare (TFEQ) (Stunkard AJ et al. J Psychosom Res 1985) が用いられています。TFEQ は 51 項目の質問をそれぞれ自己評価し、食事制限認識の度合い (抑制頻度)、別腹のような脱抑制の度合い (脱抑制) 、空腹感受性の度合い (空腹度) を求める方法です。我々はTFEQで得られる 3 項目 (抑制頻度、脱抑制、空腹度) と BMI、食事速度、一口量との関連性について、56名の成人被験者で調べました。その結果、従来の摂食行動 (一口量、食事速度など) に加えて、心理的要因を調べることでより本質的な摂食行動解析が可能になることが示唆されました。

2019年 日本咀嚼学会第30回記念学術大会 優秀口演賞受賞 



Suita K et al. Sci Rep 10, 13765, 2020

 心房細動を合併すると心臓の血液の流れに"淀み"が生じ血栓ができやすくなります。血栓は脳梗塞の主要な原因になり健康寿命を著しく低下させます。一方咀嚼機能の維持と健康寿命は密接に相関していることが報告されています。本研究では咬合障害マウスを作成して、咬合障害と心房細動の関連について調べました。経食道的に挿入したカテーテル電極 (1.1Fr) で左心房をバーストペーシングして誘発される一過性心房細動(Paf) の持続時間が咬合障害マウスでは対照群に比較して延長していること、心房組織のリモデリング、心房細胞のカルシウム調節機構の破綻が生じていることが分かりました。ところがβ遮断薬の併用投与を行った咬合障害マウスではこれらの変化が観察されないことが分かりました。以上の実験結果から、咬合障害は心房細動発症のリスクファクターとなり、その発症過程でβアドレナリン受容体シグナルの活性化が重要であること、矯正治療による咬合異常の改善は脳梗塞の発症を予防して健康寿命の延伸に寄与する新しい治療戦略になることが期待されます。



 Yagisawa Y et al. PLoS One 15 , e0236547, 2020

 マウス咬合障害モデルを作成して、咬合異常が心臓に及ぼす影響を調べました。その結果咬合障害負荷マウスでは心筋収縮能の低下がみられ、テレメトリー24時間心電図を用いた心拍変動解析では交感神経活性が増加していることが観察されました。組織学的解析では心臓線維化、心筋細胞のアポトーシス、心筋細胞への酸化ストレスが対照群に比較して増加していました。興味深いことにβ遮断薬の併用投与を行った咬合障害負荷マウスでは心筋収縮能の低下、交感神経活性の増加、組織学的異常 (線維化、アポトーシス、酸化ストレス) は観察されませんでした。心疾患は死亡原因の第2位で高齢化社会を迎え増加傾向にあります。本研究成果は、矯正治療による咬合障害の改善は、心疾患による死亡率減少と医療費削減に寄与することを示唆しています。


Ito A et al. PLoS One 14, e0215539, 2019

 心筋と骨格筋には2種類のβ受容体(β1-AR,β2-AR)が発現し、心筋ではβ1-AR、骨格筋ではβ2-ARが優位に発現しています。β受容体のサブタイプ特異的な役割に関して、これまで心筋では詳細な検討が行われてきましたが、骨格筋に関しては不十分です。本研究では骨格筋におけるβ受容体のサブタイプ特異的な役割を解明するため、β1-AR特異的刺激薬であるドブタミン(DOB)とβ2-AR特異的刺激薬であるクレンブテロール(CB)のマウス慢性投与実験を行いました。その結果DOB群では心筋と咬筋で顕著な線維化とアポトーシスが誘導されましたが、CB群では心筋、咬筋とも肥大以外の組織学的異常は見られませんでした。DOB群の組織変化が生理機能へ与える影響を調べるため、咬筋のスキンド標本実験を行ったところ、カルシウム負荷で発生する張力がDOB群では減少していました。以上のメカニズムとしてDOB群では、細胞内カルシウムの過負荷による細胞死とその間隙を埋める線維化のシグナルが活性化していることがわかりました。DOB群の下肢骨格筋では、咬筋と同じ速筋に属する前脛骨筋では同様の組織学的異常が見られましたましたが、遅筋に属するヒラメ筋では異常は見られませんでした。本研究成果は「β1-ARシグナルの慢性刺激状態は心不全だけでなく、全身の骨格筋、とりわけ速筋型骨格筋の機能不全(サルコペニア)の発症に重要であり、有効な治療法のないサルコペニアに対する新規治療標的になる」可能性が示唆されました。   17回鶴見大学同窓会論文賞受賞論文


Kawamura N et al. J Physiol Sci 69, 503-511, 2019

 歯周病と全身性疾患(心血管系疾患、糖尿病、低体重児、動脈硬化)の関連が示唆されていますが、歯周病とサルコペニアの関連については十分な検討が行われていません。本研究では歯周病患者に検出されるレベルの低濃度の歯周病菌 (Porphylomonas gingivalis) 由来のリポポリサッカライド(PG-LPS)をマウスに慢性投与 (4週間) を行い、速筋 (咬筋、前脛骨筋) と遅筋 (ヒラメ筋) に及ぼす影響を調べました。その結果 PG-LPS の慢性投与により、速筋では筋重量の低下がみられ、特に咬筋では線維化領域ならびにアポトーシス陽性筋細胞の割合が顕著に増加していました。以上の結果は歯周病治療がサルコペニアの発症予防に重要であることを示唆しています。


Shiozawa K et al. J Physiol Sci 69, 159-163, 2019

 一口量と肥満の関連を示す示唆する報告があります。しかしながら一口量を規定する因子についての報告は不十分です。本研究では健常成人を対象に、「舌の大きさが一口量を規定する因子として重要である」という仮説をたてました。舌の大きさを下顎口径で評価したところ、一口量と舌の大きさは正の相関を示すことが明らかになりました。さらに本研究で用いた健常成人においても一口量とBMIが正の相関を示していることが確認されました。以上の事実は舌の大きさと肥満との関連を強く示唆しています。


Mototani Y et al. Pflugers Arch 470, 937-946, 2018

 GRIN (G-protein-regulated inducer of neurite growth) ファミリー遺伝子3型 (GRIN3) の生体内における役割を明らかにするため、GRIN3遺伝子欠損マウス(GRIN3KO) を作成して解析を行いました。その結果、GRIN3 は線条体に高発現をしていること、行動解析の結果より GRIN3KOは著しい自発運動 (Locomoter activity) の低下と不安様行動 (anxiety-like behavior) を示すことがわかりました。以上の表現型のメカニズムについて解析を行ったところ、GRIN3はドーパミン受容体/βアレスチンシグナル-2 の活性化に重要であり、GRIN3KO ではこのシグナルの活性が著しく低下していることが原因であることがわかりました。


Ohnuki Y et al. Physiol Rep 4, e12791, 2016

 遅筋に比較して速筋のほうが、ベータ2受容体の発現量が少ないにも関わらず、受容体刺激による筋肥大は効果的に見られます。 速筋は遅筋に比較して、受容体刺激で産生されるサイクリックAMP産生量が多いため、筋肥大に重要なEpac依存性シグナルの活性化が効果的に誘導されること、速筋と遅筋のサイクリックAMP産生量の違いは、ホスホジエステラーゼの発現量の違いに起因することを明らかにしました。


 Shiozawa K et al. J Physiol Sci 66, 93-93, 2016

 よく噛んで食事をする習慣は肥満予防の有効な治療方法の一つです。その理由として、咀嚼刺激は視床下部の満腹中枢を刺激することで、満腹感を誘発して摂取量を減少させるためと考えられています。我々は、食べ物の直径と一口量は正の相関関係を示すが、直径と咀嚼回数は負の相関関係を示すことを明らかにしました。この事実は、同じ食物でも、その形状を工夫することで、咀嚼回数を増加させて、肥満を予防できる可能性を示唆しています。


Umeki D et al. PLoS One 10, e0128263, 2015

 ステロイドミオパチーはステロイド薬投与中の患者に高頻度に出現する重要な副作用です。下肢近位筋の筋委縮が主症状ですが、しばしば咀嚼嚥下に重要な筋の萎縮と機能障害を合併します。ステロイドミオパチーの分子レベルでの発症メカニズムと有用な治療方法に関する報告はありませんでした。本研究ではステロイドミオパチーが、Akt/mTORの抑制とInsulin growth factor (IGF) の発現抑制により誘導されること、ベータ2受容体刺激薬(クレンブテロール)は、これらの効果に拮抗作用を示し、有用な治療薬になることを明らかにしました。

第13回 鶴見大学歯学部同窓会 論文賞受賞論文


Okumura S et al. J Clin Invest 124, 2785-2801, 2014

 心筋細胞に存在する筋小胞体へのカルシウムの取り込みを制御するホスホランバンをリン酸化するキナーゼとして、従来から知られていたPKAとCaMKII以外に、Epac1依存性のリン酸化経路が存在することを解明しました。 

 また同経路によるリン酸化は、心臓リモデリングの形成を促進することも明らかにしました。

 

第9回 高血圧と冠動脈疾患研究会 優秀研究賞受賞論文 (大手町サンケイプラザ 2014年12月20日)

 

 


Ohnuki Y et al. J Physiol 592, 5461-5475, 2014

 ベータ2受容体刺激による咬筋の肥大に、Epac1を介する、Akt/mTOR経路ならびにHDAC4経路の活性化が重要な役割をはたしていることを解明しました。

 

Journal of PhysiologyのEditor's choice article に選ばれました。

論文中のFig.4AのNADP-TR染色が、掲載雑誌の表紙に採用されました (左写真)。


Ohnuki Y et al. J Pharmacol Sci 123, 36-46, 2013

 東京理科大学との共同研究です。Atomic force microscopy を用いて心筋繊維の横軸方向の硬さ (Transverse stiffness) と cAMP/PKA シグナルは密接に関連していることを解明しました。また Transverse stiffness に直接関与する心筋フィラメントの同定を行いました。


Ohnuki Y et al. J Phamacol Sci, 123, 278-288, 2013

 脂溶性のベータ2刺激薬 (クレンブテロール) と水溶性のベータ2刺激薬 (サルブタモール) を用いて、ベータ2刺激薬の慢性投与で誘導される、咬筋の肥大、筋電図変化、ミオフィラメントの速筋化が、中枢あるいは末梢のベータ2受容体刺激のいずれによるものかを解明しました。


Umeki D et al. J Pharamacol Sci 122, 278-288, 2013

 咬合不整モデルを用いて、咬筋に対する機械的刺激で誘導される肥大ならびにミオフィラメントの遅筋化の誘導に、Akt/mTOR シグナルの活性化が重要であることを解明しました。